上司や経営者を嫌だと思った時に考えること

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更新:2018年4月28日

この記事を見ているということは、みなさんの周りに、バカもしくはおかしいと思える上司や経営者がいるのだと思います。そんな状況では会社に行きたくないと考えてしまいますよね。自分の主張が聞き入れてもらえない。正論が通じない。頭ごなしに否定される。ネチネチうるさい。何を言っても言い返される。ひとことで言えば「独善的」です。そんな人に限って実力や実績がないにも関わらずその地位に上り詰めていることが多いと思います。もっと端的に言うなら「バカ」と言えます。

こういう場合のバカは二通りあって、「仕事上や経営上のセンスのなさ」という意味でのバカと「人間性の低さ」を感じるバカがあります。バカという表現が適切であるかどうかは置いておくとしても、おそらくそのどちらかに当てはまるものとみなさんが感じているのではないかと思われます。もし、それが人間性の低さという意味でのバカであれば残念ながら諦めてください。そのバカは絶対に治りません。

⇒統計学的に人間性の高い低いを考える(後日投稿予定)

人間の基本的性格や気質は治らない

成長過程の子供ならまだしも、その人はこれまで過ごした人生よりも人生のゴールのほうが近い年代の方のはずです。現時点で性格的に問題があるのなら、あとは退化の一途を辿るだけなのですから、ますます酷くなるか、もしくは精々現状維持が良いところです。その性格や態度を含めてバカだと思っているのだと推測しますが、性格というものは絶対に治りません。

人間性を決定づけるその中心には生まれ持った気質というものがあります。のんびりしているとかイライラしやすいとかいった性質でのことです。これは生まれながらのものです。双子の子供を育てている実体験として、気質は生まれながらのもので変わらないものなんだなと実感しています。同じ環境で育てている双子でも気質はまちまちです。そしてそれは生まれたときから感じているものです。つまり、気質は育児の過程ではぐくまれるもしくは変化するものではないということです。人間は先天的にそれぞれの気質を持って生まれ、生まれた後の周辺環境が本人の行動に影響を与え性格が形成され、さらにしつけや教育によって人格が形成されていきます。性格は人生の早い段階でほぼ完成されて、あとはそれに磨きをかけるか、引きずって生きていくかのどちらかということになります。

そして、性格を変えようとすることは、今までの自分の人生を否定することにもつながり、また、人間は自分の人生を肯定することで「生きる意味」を見出していますから、やっぱり性格を変えることはなかなかできないのです。もし、他人から見える表面上の性格を改めようと思えば、常に自分自身が意識して別の性格を振る舞い続ける必要があります。そして、そこには常に自分の人生や本来の生き方に対する葛藤が付きまといます。だから、人生を意義あるものにしようと思うなら、逆に性格は変えようとしないほうが良いのです。

仮に身の回りにいる上司や経営者が自分の性格を治そうとしているのだとしたら、その謙虚な態度は必ず外面に現れますから、あなたはそのことを感じ取り、彼らをそもそもバカなどと感じることはありません。すなわち、あなた方が感じているそのバカは、「本物」である可能性があるということです。

人間性が低い人に対する対処法

そのような上司や経営者と関係を持ったら、もう不幸としか言いようがありません。どうしてそんな人間性の低い人が今の地位にいるのかをみなさんは疑問に感じるでしょう。世の中はいろいろなしがらみや因縁の下に成り立っていて、人間性と社会的地位には必ずしも明確な相関はないのです。それが現実なのです。だから、このような現実を受け入れた上で対処をするなら、彼らがいなくなるまで待つか、自分から関係を断つか、もしくは不本意でもバカに媚びへつらうか、面従腹背を貫くかのいずれかの選択をする必要があります。

いずれにしてもこれらのパターンの場合は皆さんにとって不本意な状況が続きます。そしてかなりのストレスが溜まります。そのお気持ちはお察しいたします。先ほどは諦めてくださいと言いましたがアドバイスをしないわけにもいきませんので一つだけアドバイスをします。

まず言えることは、人を理解しようと思うなら、相手の真意を見つけなければならないということです。彼らにも彼らなりの目的があります。彼らに共通している目的の本質は、ただ本人が気持ちよくいたいという単純なものです。つまり自分の思う通りに事が運んでほしいということです。人間、誰でもそう思います。その思いが人よりも強いだけなのです。

「もし、ひとつだけ願いが叶うとしたら何を願うか」と問われれば、僕なら「何でも自分の思い通りになる能力をください」と答えます。この考えは小さな頃から変わっていません。今でもまだ少しだけそう思っています。何でも自分の思い通りになるのですから、結局、全部自分の思い通りになるということです。現実の世界に生きていながらそのように考える彼らは言ってみれば子供なのです。自分の思い通りにならないことが許せない器量の小さい人たちなのです。

子供のように愛くるしい人なら許せるのですが、生理的に受け付けないオヤジだったり、ムカつくおっさんだったり、おせっかいオバサンだったりするからみなさんはその人たちを許せないのですよね。でも、どうすれば彼らが気持ちよくなるか、それを一つだけでも知っておけば、今の状況から脱却できる可能性があります。皆さんの中には、もうすでにその答えは分かっているが、その上で、わざわざ自分から歩み寄ってそれをしたくないという人もいると思います。例えそうだとしても、相手がバカな場合はそれをやってみると状況が変わる可能性があります。やるかやらないかは皆さん次第ですが、これはアドバイスの一つです。

狡猾な奴が一番たちが悪い

そして、上記のアドバイスが全く通用しないのが相手が狡猾な場合です。僕は心の中でそのような人をジャッカルと呼んでいます(狡猾な奴=ジャッカル)。狡猾な人だけは本当にどうしようもありません。ジャッカルはバカでもなければ賢明でもありません。ただズル賢いのです。

言うことは一見理論的ですが、内容に一貫性がなく、その場限りの理論展開をしているにすぎません。物事の全体を見渡した時、その一見理論的な言い草は完全に論理破綻しています。彼らを論理的に言い負かすことは簡単なはずですが、地位や立場を考えたときにそれが出来ない状況にあったり、相手側にそれを聞き入れる器量がないために叶わないのだと思います。そういう状況では大人しく過ごすしかありません。あなたの人生の1ページにそんな人を入れてはあなたの人生がもったいなすぎます。例え物理的に近い場所にいる存在だとしても、心の距離を置くようにしましょう。もし、ムカつくことがあったなら、その時は心の中だけで「ちゃーっそ!ちゃーっそ!」とおまじないを唱えましょう。(※「やなぎ浩二」を検索してみてください)あとは時間が解決してくれます。

僕はそう信じています。

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