地球温暖化問題を違う視点から見てみると大事なことが見えてくる

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地球温暖化問題が社会を賑(にぎ)わせて久しい。
地球温暖化の原因は人為的に排出される二酸化炭素だとか、温室効果ガスだとか言われている。逆に、二酸化炭素が主要因ではないことを主張する人や、地球温暖化どころか寒冷化が始まっているという人もいる。とにかく人の主張は様々で未だに論争は絶えません。今回は、そんな地球温暖化問題をちょっと違う視点から眺め、今後の地球や人間活動の予測についても書いてみたいと思います。

地球温暖化問題の現状について

この問題を語るにあたっては、まずどのデータを信頼すれば良いのかという問題にぶつかります。そして、データの選択結果によっては、逆の結論にもなり得ます。科学者の間でも論争が絶えないということは、事実を反映しているデータも、そうではないデータもあるということです。

また、ここでは科学者をひとくくりにしてしまうのも危険なことです。この問題を論じる科学者にはいろんな分野の科学者がいると思います。古気候学・気象学・海洋学・自然科学などの学者をはじめ、今はもっと学問の分野は細かく分かれていますので、言い尽くせないほどの分野の学者がいるものと思います。

権威に弱い人は(日本人は世界的に見ても圧倒的に権威に弱いのではないでしょうか)、権威ある人の意見を本当のことだと信じやすくなります。だから、普段は天気のことを専門にしている気象学の権威が地球温暖化の問題を論じると、その権威のために多くの人がそのことを信じてしまうのです。「権威が言った」ことに加えて「自分の耳で聞いた」ことが心理的にはさらにそのことを本当だと信じ込みやすくするのです。怖いです。

実際は、気象学の専門よりも古気候学の専門のほうが、地球温暖化問題について論じるに値する研究をしていますし、データにもそれなりの説得力があります。また、気候変動は数年という短期的なものから数千万年という超長期的なものまでさまざまな周期性を持っている傾向が見られ、それは地球の外の太陽系を含めた遠い宇宙からの影響を大きく受けている可能性を考えれば、宇宙科学と言えばいいのだろうか?その研究分野のデータも大いに参考にすべきと個人的には考えています。

こんなわけで、やはりここでは絶対的に信じるべきデータは選択できないのです。とはいうものの、過去の歴史を振り返れば、気候変動には周期性があったことがわかっているので、今後についても温暖化があれば寒冷化もあることが容易に想像できます。

過去には今よりも10℃ほど温暖な時期もありましたし、地球が全凍結したのではないかという話もあります(真偽は今後も分からないと思います)。また、現在の地球の二酸化炭素がこのまま増え続けると熱暴走するなどという過激な話もありますが、それは間違いなくあり得ないことだと思っています。熱暴走して、いったい何度まで地球の温度は上がるというのでしょうか?熱暴走というからには、限りないということですよね?気候に関する知識がなくとも、少なくともこのようなセンシティブな情報は信じてはいけないと思います。

そうは言っても本当のところ、今は温暖化しているのか?

僕が思うに、今は変化の過渡期であって、今後数百年かけて寒冷化していくのかな?という印象を持っています。今、地球上で観測している箇所の平均気温を測定している結果では、まだ上昇しているようですので、短期的にはもうしばらく上昇が続くかもしれません。しかし、いずれ上昇や下降を繰り返すようになり、気付くと何となく下降傾向が見えてくるのではないかなと思っています。しかし、これはあくまで僕の個人的意見ですからみなさんはこの推測を鵜呑みにしないように気を付けてください。

まあ、いずれにしても、どこまでも気温が上昇していくということは考えられないし、地球全体が7億年ほど昔に全凍結したかもしれないと考えられるほどの極寒の世界があったことを想うと、温暖化よりも、むしろどこまでも寒くなってしまう可能性があって、その方が印象的には怖いですね。

そして、もうひとつ言うならば、果たして地球が温暖化することや二酸化炭素が増えることにどれほどの実害があるというのだろうかと考えます。それこそ、人間の生存に必要な作物の生育に欠かせない温暖な気候と二酸化炭素が十分にあるのだから、実害どころか実益しかないのではないかと考えることも出来ます。

地球の歴史を振り返ったとき、温暖が良かったのか寒冷が良かったのか?

「誰にとって」という問いがあると思いますが、僕たち人間が語るのですから、まずは「人間にとって良いのか悪いのか」が議論の前提となります。そして、人間が生存していくためには食べるものが必要ですし、人間にとっての天敵が少ないことも重要です。ですから、食べるための農作物生育の好条件と人間の天敵にとっての悪条件を含めた議論が必要になると思います。

例えば、ジュラシックパークという映画を思い出していただければ想像に難くないと思いますが、過去にいた恐竜などはもし今ここに存在したなら、十分人間の天敵になり得ます。だから恐竜にとっての好条件(地球上で最強の生物)は人間にとっての悪条件(餌になる)と言えそうですが、それが温暖な気候か寒冷な気候かといった環境の変化によってそうなるかと言うと、それは見当違いです。

結論を言ってしまえば、人間の生存のための食物が育つ環境と住める土地があるということが人間にとっての好条件になります。すると、言わずもがな温暖な気候であることが良いことだとわかります。

また、歴史的に見ても、寒冷期は不作の年が多く、江戸時代の日本などは寒かったことで有名で、大きな飢饉(ききん)が4つもありました。このような寒冷な気候と不作の関係は見過ごすことは出来ませんから、そのような観点からも、人間にとっては温暖な気候が良いということになります。

気候問題と向き合う人類は、どう考え何をすべきか

もはや地球温暖化問題は理論破綻が曝露し始め、気候変動問題に変わりつつあります。いずれ寒冷期がやってくることは地球の歴史からしても蓋然性が高く、あれだけ二酸化炭素による地球温暖化で騒いでいた人たちは、今後どのような言動をするのだろうかと心配になります(しかも、人為的に排出された二酸化炭素が原因と言っている)。

二酸化炭素が地球温暖化を招いたわけではなく、温暖化が二酸化炭素の増加を招いているということは明らかで、二酸化炭素の温室効果が他のいずれの要因にもまして地球温暖化に寄与しているのだとしたら、先の熱暴走もあり得るかもしれませんが、二酸化炭素の濃度が増加し続けているにもかかわらず地球の平均気温が下がり始めたとなると、二酸化炭素よりも気候変動に寄与する大きな要因が他にあるという証拠になります。

二酸化炭素には確かに温室効果があり、その影響を受けて地球の平均気温も少し上がったことでしょう。しかし、その影響はわずかです。二酸化炭素の濃度だけで地球の気候が操れるなら、人類はすでに地球の気候を操っているでしょう。

それに、現在は地球温暖化防止だと言って、特に日本では躍起になって二酸化炭素排出削減を競っていますが、もし、寒冷化の時代がやってきたらどうするのでしょうか?今度は二酸化炭素を人為的に増やしますか?これが今人類が行っている愚策です。

さて、先にも言いましたが、地球温暖化問題は気候変動問題に変わりつつあります。これは温暖化を主張する人、寒冷化を心配する人のどちらにも都合の良い名称となります。しかし、これで良いと思います。

この際、温暖化のことはどうでもよく、僕たち人間が、ダイナミックに変動する自然の中で如何に適応して生きていくかということを世界中で考えるべきだと思います。まずは人為的の前に強大な自然の力を再認識すべきなのです。

だから、自然の変動を食い止めるのではなく、変動に対する対応を考えるのです。寒冷化がやってきたら二酸化炭素を増やすのではなく、寒冷化しても人類が長く生存しうる方法を考えるべきです。

地球の歴史は果てしなく長いです。人間の歴史など言っちゃ悪いがカスみたいなものです。そのちっぽけな存在が偉大な地球(宇宙)に太刀打ちできる訳がないのです。出来るというのであれば、台風・ハリケーン・津波や地震を防げるはずです。それは出来ないのです。この先もずっとできないのです。そう考えるべきだと僕は考えています。

まとめ

気候変動を含めて、自然の変化は予測不能なことがたくさんあります。だからこそ僕たちは人類永続のため(人間のエゴですが)にそれに備える方策を考える必要があります。

人の死に直結する地震・津波・台風・洪水・落雷・熱波・寒波。何ひとつ人間は太刀打ちできません。人間の前に自然ありきなのです。自然があって初めてその恩恵を受けた人間がいるのであって、そのことを前提として僕たちは生きていかなければいけないと思います。

30億年以上先のことですが、地球は太陽に飲み込まれ姿を消します。そのずっとずっと前に人類は滅びるでしょう。どうやって滅びるかは僕たちの知るところではありませんが、その時は必ずやってきます。そんな大きなことを考えると、一時の地球温暖化の論争がバカみたいにちっぽけなことと思えませんでしょうか。偽善ではなく、本質を突いた地球環境対策をすればいいのにと常々思っています。

今回はここまでです。

 

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