おっす!オラ、玉打強(たまうちこわし) その2

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ほんの数年前までは怖くて夜も一人で眠ることができなかったのに、そんな可愛げも影をひそめ、うっすらヒゲまで生えてきて一丁前に親にまで反抗するようになった。そんなすっかり中学生が板についてきた「たかぎはると」はこの春で2年生になる。ある日の放課後、先日から降り続いた雨の影響で校庭が至極ぬかるんでいることはさすがに無頓着な「はると」でも気付いている。一方で、自他ともに認める運動センスの持ち主である彼だが、その自信が仇となって、残念なことに周りからはやや中二病と見られていた。

そんな彼にも仲の良い3人の友達がいる。上空から見ると校庭は少し形の悪い台形をしていて、その上底に位置する所には鉄棒が設置されている。鉄棒の脇1.5m離れたところには高さ1mの石垣が校庭を囲むように並んでいて、その上をいつものように友達3人と歩いて学校を出ようとしていた。「はると」は唐突に「こっから飛んで鉄棒の上に立ったろか?お前ら出来へんやろ?」とイキがった。最近の「はると」はちょいちょいイキる。中二病には欠かせないイキりの症状がその言動から溢れだしている。3人は一瞬視線が合ったが、すぐに逸らしてお互い違う方向の遠くの空を見ながら舌を出して必死に肺の空気を吐き出した。

そうこうしているうちに、まもなく「はると」は右足で石垣の角を蹴って鉄棒に向かって低く飛び出した。思いっきりよく飛び出したのは良かったが、自分が思っていたよりも低く飛び出してしまったらしい。すぐに空中で足の置き方に迷いが生じた。頭が真っ白になり、視界が狭くなって訳が分からなくなった。見えているのは鉄棒の上面の赤黒い鈍い光沢の一点だけであった。幸か不幸か「はると」の時間はゆっくり流れている。とにかく左足をそこに乗せることだけを考えた。いや、それしか出来なかった。「トンッ」その瞬間、濡れた靴底が鉄棒との摩擦力を失い、先についた左足が外へと流れた。そして、鉄棒を挟むようにドロップキックの体勢を保ちながら今度は自由落下を始めた。高さ120cmの鉄棒をまたぐ身長165cm、股下72cmの「はると」は、何かにすがる思いでつま先を伸ばし続けた。ニュートンのりんごと同じスピードの特攻隊は、無情にもコントロール不能である。「届けー!届けー!届けぇーーー!!!」祈りのつま先は空中で突如推進力を失った。

「ビッキーーーン!!」稲妻が駆け抜け、「はると」の全身が伸びきった。閃光が走り3人は目がくらんで動けなくなった。一瞬の静寂があり、「どしゃっ」という音とともにオーブが飛んだ。そう、「たまうちこわし」降臨だった。辺りが闇となり、「うぐぐー、うぐぐぐぐー」と獣のような低いうめき声を発している。ぬかるんだ地面に額をこすり付けながら体を前後にゆすっている。目を強くつぶり、苦悶の表情を浮かべている。3人は全てを把握した。もはや口角は「口裂け女」のごとく上がりっぱなしで下がらない。鼻からは息が漏れる。つい数秒前の前振りのせいでニヤケは止まらないが、男にだけ取りつく悪霊「たまうちこわし」に乗っ取られた友達を放置するわけにはいかない。早くお祓いをしなくてはいけないと思った。生まれてこのかた誰に習ったわけでもないのに「たまうちこわし退散の儀」が滞りなく3人により執り行われた。3人の顔はいずれもえびす顔だ。何だか縁起が良い。約3分の厳粛な儀式を終えて「たまうちこわし」は無事去った。そして、ようやく「たかぎはると」の魂が戻ってきた。

「はると」は何とも言い様のない下腹部の違和感と、しこたま打ちつけた尾てい骨の痛みのため、家に着くまで一言も言葉を発することが出来なかった。家の前でみんなと別れるとき、「無理すんなよ!じゃあな、また明日な!」という友達の言葉にも、腹に力が入らず、フクロウのように「ほぅ」と鳴いた。家に帰っても「はると」は誰にもこのことを言えなかったが、自分なりに反省をしていた。「雨の日にこんな滑る靴を履いたことが失敗だった」と。「ちーがーうーだーろっ!」どこからかそんな声が聞こえてきた。部屋に入ると真っ先に「滑らない靴」を検索した。「はると」の中二病はまだ続きそうである。

 

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