地球温暖化についてもう一度考える

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地球温暖化問題で(地球気候変動問題と言ったほうが良いかも?)、人が答えを欲する一番の関心事は、この先の人類の存続可能性だろう。言わずもがな地球の歴史は人類の歴史に比して気が遠くなるほど長く、その間、時には緩やかに、時にはダイナミックに、気候変動を繰り返してきたことがこれまでの研究から明らかになってきている。とは言いつつも、それが正確な事実かどうかは分かっていないし、これからも分かることはないだろう。

偉大なる地球の前では人間はちっぽけな存在にすぎない

このテーマにおいて早めに言っておくなら、僕自身は未だに言われ続けている二酸化炭素の人為的排出増加による地球温暖化説には懐疑的である。何故なら、それが本当だとすると、曲がりなりにも人類は人為的に地球の少なくとも平均気温を上昇方向に操ったことになるからだ。

そもそも僕の頭の中にはこの広大な宇宙の中にひっそりたたずむちっぽけな地球の、さらにまたその中のちっぽけな存在にすぎない人類ごときが、少なくとも人類からすれば偉大な存在である地球を操るなどという大それたことが出来るはずもないという先入観がある。そして、それは単なる先入観ではないとも思っている。もし本当に地球を操ることが人類に出来るのであれば、この先、仮に地球が寒冷化した場合にもバンバン石油を燃やしてバンバン二酸化炭素を増やせば地球が温暖化して安心!という寒冷化対策の目処が立ってしまうからである。二酸化炭素濃度の増減で地球の平均気温が操れるという浅薄すぎる方法でだ。ありえない。

もうひとつ、地球温暖化対策(CO2排出削減)に対する大きな疑問がある。それは、一度人間が偉大な地球の(周辺宇宙を含む)自然現象に介入してしまったら後には引けなくなるのではないかと考えられるのだが(コントロールし続けなければ取り返しのつかない結果になる)、人類は本当にそこに足を踏み入れて大丈夫なのかということである。

現在までの地球気候の歴史を見れば、地球には内外からさまざまな影響を受けて寒暖を繰り返したようなサイクルがあったと考えられる。もし人類が気候変動に介入するのであれば、このあるかもしれないサイクルに影響を及ぼすことになる。二酸化炭素の人為的排出増加による影響で地球が温暖化していると安易に考えている人たちにとっては、現に、今の温暖化が気候変動サイクルに影響を及ぼしているではないかと言うだろう。でも本当にそうだろうか?

100年後の気候より考えるべきは今

地球の気候の歴史を長期的に見れば、そのサイクルは非常に長く緩やかであり、対して数年から数十年の短期的な気候変動を見れば、それは非常にダイナミックである。短期で見れば見るほど環境の変動はダイナミックなのである。北海道など1日の気温差が20℃になることもあるのだ。100年で1℃とは訳が違う。

地球環境にとって危険と煽られているここ100年間のリニアな気温上昇は、地球の長い歴史の中のサイクルで見れば目に見えない埋もれた変化に過ぎないのではないだろうかと思う。だからこの問題を考えるときは気候変動による遠い未来の人類の存続を考えるよりも、まず現在の人間の生存を考えるべきではないかと思うのである。

そもそも人間の体は急激な気温の変化に順応できるようには出来ていない。だから朝晩の寒暖差が激しかったり、たった数日間気温が激しく変動したりするだけでたちまち体を壊してしまう。季節の変わり目に体調を崩す人がいるのもそのような要因があるからだろう。

しかし、長い目で見れば人類は地球の環境の変化に順応しながらここまで生きながらえてきた。そして、この先も順応して進化していくのだろうと思う。だから、今やるべきは長期的な目線ではなく(長期的には人類の進化が必ず解決してくれる)、もっと短期の目線で人間が現在の気候に順応していけるような環境作りを考えるべきではないだろうかと思っているのである。簡単に言い表すなら、どんなに気候が変化しても人が快適に暮らしていける家や街づくり、どんな環境でも生産力が確保できる食料生産供給システムなどを考えることが人類存続を危惧する人たちにとっても先決事項なのではないかと思う。

耳触りのよい言葉には気を付けるべき

熱波や寒波で毎年多くの人が亡くなっているし、天候不順や干ばつなどで食料不足になることもしばしばである。これは現在の気候変動に関係なく大昔から発生している事実である。長期的な地球の気候がどうなるかよりも、人類が与えられた環境の中で如何に生きていくかということを考えることこそ人類が考えるべき環境問題の本質ではないかと思うのである。無暗に不安を煽ったり、わかってもいないことをさも分かったように言ったりする人が後を絶たないが、その人たちの主張の真意はどこにあるのだろうかと思ってしまう。それと、これに関連して、これだけは絶対に気を付けてほしいことがある。それは「耳触りの良い言葉」である。この地球温暖化問題にしても「人類存続のため」とか「地球環境にやさしい」とか「クリーンな地球」のような言葉を耳にする。いったいこれは何なのだろう?人類の存続を地球温暖化対策でどうやって保証するというのだろうか?

どのような物事においても、実現不可能なものや蓋然性のないことを言葉巧みに操ろうとする人がいるということには十分気を付けていただきたい。その観点から環境問題を考えた時に、二酸化炭素の排出増加について考えるのは二の次であって、まずは与えられた環境に人間が適応していく環境作りをすることが先決になるという結論が生まれるのである。

先に「二酸化炭素の人為的排出増加による地球温暖化説には懐疑的である」と言ったが、もちろん二酸化炭素に温室効果があることも知っているし、二酸化炭素濃度の上昇の影響によって、この100年間で地球の平均気温が0.8℃上昇したうちの0.2℃ぐらいは原因があると思っている。その上で、二酸化炭素が増えようが減ろうが地球の環境変化は僕たちの手ではどうにもならないものなのだから、それを無理矢理に制御しようとするのではなく、与えられたものに適応していくということを真剣に考えましょうと言いたいだけである。

海面が上昇したらどうなるのか!?

この100年で二酸化炭素濃度は人口とともに増加してきた。これら二つの推移には相関があり、またそれらは経済の発展をも示している。石油を使い産業が発展し、生活が豊かになることで人口が増えてきた。だから、石油を燃やして二酸化炭素排出量が増えることまでは理解できるが、それによって人類がどうにかなってしまう、かのような印象操作をするのはよろしくない。100歩譲ってその二酸化炭素排出により温暖化論者が言うように温暖化したとして、それで何年後の人類がどうなるというのだろうか?

氷が解けて海面が50cmぐらい上昇する?で、どうなるの?

東京都環境局によれば、「このまま地球温暖化が進めば、2100年頃までには、地球の温度は、1.1~6.4℃上昇するといわれています。また、海面については、18~59センチ上昇するといわれています。」だそうだ。そして、「海面が1m上昇すると、東京の江東区、墨田区、江戸川区、葛飾区の全域が影響を受けるんだよ。」だって!?

もともと東京は、国道15号線の外が海でした。皇居(江戸城)のすぐ隣は海だったのです。江戸時代からどんどん埋め立て工事が始まり現在の東京湾があります。もし、海面が上がってくるのが問題だと感じるなら普通は長い時間をかけて土地を埋め立てて土地の高さを上げます。そうやって今でも東京湾あたりで埋め立て工事を行っていますよね?しかもここでは80年以上未来の話をしているし、今の温暖化が続けばという可能性の低い仮定の話です。さらに最大が59cmと言っておきながら、1m上昇したら影響受けるって、結局、影響のない話やないかーい!そんな危機感を煽っている暇があるなら、首都直下型地震も視野に入れて未来に備えた街づくりを一生懸命考えておくれ。小池バカたれ。

まとめ

という訳で、やはり僕たちが問題にすべきは、これからも続くいわゆる異常気象に対応するための街づくりやシステム作りだと思います。

災害大国日本では、毎年、地震・台風をはじめ、土砂災害・浸水被害など多くの自然災害が発生しています。これらに対して安心して僕たちが暮らしていくためにはインフラ整備の充実が不可欠です。無駄遣いが良くないことは当然として、国や地方の行政機関には、僕たちの血税を本当の意味で有効に使っていただくことを望みます。

最後に、仮に人為的な二酸化炭素の排出によって地球の平均気温が上昇していることが間違いでないとしても、それが僕たちの生活、ひいては未来の人類の生活に悪い意味での大きな影響を及ぼすことはないと僕は感じています。先にも書きましたが、日々の気象の変動はダイナミックでも、長期的な気候変動は緩やかです。明日、その大変な事態が僕たちに襲いかかるのであればそれは大ごとですが、今、話している問題は予測もつかないし、見ることも出来ない100年後、200年後の話です。日々の気象や災害は僕たちに忠告を与えてくれています。人類はこれに十分気が付いています。対応すべきには対応して普通に暮らしていけば未来は大事に至らない。普通にそう感じます。危機を煽る人にはその人にとって都合の良い理由や意図があるのです。それだけは心に留めてあらゆる情報に接していただきたいと、僭越ながら忠告させていただきます。ちなみに、この忠告は危機を煽っているのではありませんよ(笑)おしまい。

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